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アンガーマネジメントファシリテーター 久下渚(くげなぎさ)

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死ぬと決めたら死ねるのか 忘れられない患者さん

看護

07/252017

死ぬと決めたら死ねるのか 忘れられない患者さん

思い出深い患者さんの記録を残していきたい

常々そう考えていたのだが

 

が、実は
死ぬと決めたら
あっと言う間に死んでいった
患者さんを3人見たことがあるのだ。

これって
ナースあるあるではないだろうか。

3人とも深く印象に残っているが
今日書くのは
そのうちの1人の患者さんの話。

*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・

私がナースになって2年目。
そこは希少性の高い病棟であったので、
ここでは
最小限の情報に留めたいと思う。

60歳になったばかりのYさんという
男性患者さんがいた。

9割が長期入院患者さんで
長い方は10年越えという方も多く居た。

Yさんもその長期入院患者さんの
1人であったからか、
割と自由にして
入院生活を楽しんでいるように見えた。

性格は寡黙で、
無駄話をしない職人気質で
(実際、職人さんだった)
気難しいように感じられる印象は、
ただの照れ屋さんで。

下半身不随だったが
入院生活は立派に自立していた方だった。

その病棟においては、毎年
お正月は自宅で過ごしてもらえるようにと
年末から帰宅できるよう
スタッフ皆で患者さんに合わせて
色々調整し、支援するのが恒例だった。

それは
状態が落ち着いている患者さんにとっては
唯一の、
正々堂々と長期自宅外泊ができる機会だった。

件の
Yさんは、もう何日も前から、
大きなボストンバッグに外泊の準備をし

『去年は家の都合で帰られへんかったけど、
今年は帰れるねんわ』

と自分から
嬉しそうに、静かに話してくれた。

Yさんのそんな嬉しそうな顔は初めて見たし、
自分から話されるなんて
滅多にない事だったので、
Yさんの抑えきれない
嬉しい気持ちが伝わってきて、
私も暖かい気持ちになった。

Yさんのご家族ってどんな方なのかな?
まだちゃんとお会いした事はなく
想像しかできなかったけれど、
数年ぶりの我が家に帰り、
家族と過ごす事ができる
Yさんの気持ちを思うと、
こちらも本当にやり甲斐を感じたし、
ただ純粋に嬉しかった。

しかし12/28に出来事は起こった。

予定時間になっても
Yさんの家族の迎えが来ない。
電話をしても繋がらない。

心配そうにYさんは、携帯を膝に乗せ
車椅子でウロウロ、
あっちに行ったりこっちに行ったり
落ち着かずに所在無げであった。

そして昼ご飯前ギリギリになり
ご家族から病棟に電話があった。

『家族全員がインフルエンザにかかったので
外泊は無かったことにして欲しい』と。

それをナースから伝えられたYさんは

穏やかに笑っていた。

外泊を心待ちにしていたYさんのベッドは
布団もきちんと畳まれ
床頭台周りも綺麗に整頓されていたが、

また、そのままいつもの入院生活に戻った。
急いで手配した病院の昼食には
手を付けられなかったのか、
そのまま残っていた。

Yさん、残念やったね

私は夕方Yさんの部屋に行き
声をかけずにいられなかった。

するとYさんは

『もういいんや、解ってた』

と言う。

うん…え、⁈どういうこと⁇

22歳そこそこの純粋過ぎた私は
しばらくYさんの発言の真意を
理解できなかった。

それからYさんは一切、
微笑のかけらさえも
見せてくれることはなくなった。

発語も無くなった。

視線も合わなくなった。

車椅子で自立していた生活が、
全くの介護状態となり
目は虚ろになり

誰にもそれは止められることなく
不可逆的に悪化の一途をたどり

Yさんは
あっと言う間に
1.2ヶ月で亡くなった。

私も側に居ながら
信じられなかった。

何とかYさんの声が聞きたかった
が、それすら叶わなかった

まだ、60歳そこそこだったのに

あんなに元気にしていたのに?!

そんな事ってあり得るの⁇⁈

Yさんと仲が良かった患者さんが

『Yさん.可哀想にな。
Yさん労災保険やら傷害保険やらな、
色々毎月凄いお金もらってはるねん。
だけどな、全く自分の為に遣う事なく
死なはった』

と、何気なく私に言った。

どこまで何が真実かはわからないけれど
家族の関係性も本当のところは
わからなかったけれど

やりきれない悲しさと
何か、見てはいけなかったものを
見たような
後ろめたい気にもなった私は
何も返答できなかった

人は
生きる事をやめると決めたら
死ぬことができる

という事を
この経験から
なんとなく体感するようになる。

Yさんはあの時
もしかしたらあっと言う間に鬱状態に
陥ってしまったのかもしれない

いや、決めたのかな、
自分の人生の終わりを

Yさんの死に、
意味を感じずにはいられなかったから
今も鮮明に覚えている

 

 

 

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