人生の質が上がる、究極の自己実現への道!協会認定アンガーマネジメントファシリテーター、親勉インストラクター久下渚(くげなぎさ)のオフィシャルウェブサイト

pagetop

Menu

トップページ プロフィール サービス内容 メールマガジン お問い合わせ 特定商取引に関する記述 プライバシー オフィシャルブログ 人生の質を上げる為のメルマガ

アンガーマネジメントファシリテーター 久下渚(くげなぎさ)

ARCHIVE
日別アーカイブ:2017年07月25日

日別アーカイブ:2017年07月25日

07/252017

麻央さんの最期

自己実現

先日、
麻央さんがお亡くなりになりましたね

 

これほどまでに
ママ世代の心を揺さぶった女性の死は
そう無かったのではないでしょうか。

麻央さんは命に代えて
多くの若い方に、
考える機会を与えてくださったように
思います。

そして、命に代えてご主人である海老蔵さんに

「愛情ってね、こういうのだよ」

って教えられたんでしょうね。お役目が終わられたのでしょうね。

 

 

私は、若くして癌で亡くなられる方も
沢山見てきただけに、
彼女の芯の強さに心を打たれました

 

 

まだまだ生きたかったでしょう

 

本当は死にたくなんか無かったでしょう

 

もしかしたら家族の前では
そんな部分も見せていたのかもしれない。

否認、怒り、抑鬱、取引
そのプロセスを経ていたのかもしれない。

 

だけど
ブログに残された写真は笑顔ばかり。

 

闘病されている方に向けての
メッセージもあったように思う。

 

けれど
遺された2人の子供さんが大きくなって、いつか
麻央さんのブログを見た時に
辛く、悲しい思いにさせないような

母としての気持ちも込められている
そんな気もしました。

 

 

彼女のブログの発信からは

受容、覚悟はあったけど、
それは諦めたという事と同列ではなく

最期まで今、自分にできる事は何かを考え
独りよがりにならず、在りたい
という
想いが溢れていたように思う

 

 

あんなふうに
在宅で亡くなられる方は
本当に少数です。

 

けれど
病院でなくなることが当たり前ではないんです。

 

愛川欽也さんがお亡くなりになられた時
うつみ宮土理さんに対して
『何故病院で看なかったんですか?』
と、半ば非難めいた質問をしている記者がいたのを覚えています。

 

それが、
世の中では正しいと思われているんだな、
そういう価値観の人が多いのだな
と、私はその時感じました。

 

今は病院でなくなることが当たり前に
思われていますが
それは必ずしも正しいわけではありません

 

 

在宅で最期を迎えることが
当たり前だった時代もありました

 

人は最期を迎える場所も選べる権利はあるんです。

ただ、それが叶うか否かは

自分以外の周囲の人の
多大な協力と絆が不可欠です。

 

また、在宅死を受けられる医療サービスも、
地域格差はかなりあります。

 

 

それを思うと、麻央さんは
語弊があるかも知れないけれど
幸せだなと、、。

 

究極の自己実現を果たされたように思います。

 

 

麻央さんのご家族は
3年半に渡る看病で
心構えもできていたのでしょう。

お姉さんの麻耶さんもどこか風格すら
感じられました。

 

ご家族も、麻央さんの想いを理解し
全力で
できる事をしてきたんでしょう。
それができたご家族も、立派だと思うのです。

 

 

麻央さんの
ご冥福を心よりお祈り申し上げます。

07/252017

死ぬと決めたら死ねるのか 忘れられない患者さん

看護

思い出深い患者さんの記録を残していきたい

常々そう考えていたのだが

 

が、実は
死ぬと決めたら
あっと言う間に死んでいった
患者さんを3人見たことがあるのだ。

これって
ナースあるあるではないだろうか。

3人とも深く印象に残っているが
今日書くのは
そのうちの1人の患者さんの話。

*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・

私がナースになって2年目。
そこは希少性の高い病棟であったので、
ここでは
最小限の情報に留めたいと思う。

60歳になったばかりのYさんという
男性患者さんがいた。

9割が長期入院患者さんで
長い方は10年越えという方も多く居た。

Yさんもその長期入院患者さんの
1人であったからか、
割と自由にして
入院生活を楽しんでいるように見えた。

性格は寡黙で、
無駄話をしない職人気質で
(実際、職人さんだった)
気難しいように感じられる印象は、
ただの照れ屋さんで。

下半身不随だったが
入院生活は立派に自立していた方だった。

その病棟においては、毎年
お正月は自宅で過ごしてもらえるようにと
年末から帰宅できるよう
スタッフ皆で患者さんに合わせて
色々調整し、支援するのが恒例だった。

それは
状態が落ち着いている患者さんにとっては
唯一の、
正々堂々と長期自宅外泊ができる機会だった。

件の
Yさんは、もう何日も前から、
大きなボストンバッグに外泊の準備をし

『去年は家の都合で帰られへんかったけど、
今年は帰れるねんわ』

と自分から
嬉しそうに、静かに話してくれた。

Yさんのそんな嬉しそうな顔は初めて見たし、
自分から話されるなんて
滅多にない事だったので、
Yさんの抑えきれない
嬉しい気持ちが伝わってきて、
私も暖かい気持ちになった。

Yさんのご家族ってどんな方なのかな?
まだちゃんとお会いした事はなく
想像しかできなかったけれど、
数年ぶりの我が家に帰り、
家族と過ごす事ができる
Yさんの気持ちを思うと、
こちらも本当にやり甲斐を感じたし、
ただ純粋に嬉しかった。

しかし12/28に出来事は起こった。

予定時間になっても
Yさんの家族の迎えが来ない。
電話をしても繋がらない。

心配そうにYさんは、携帯を膝に乗せ
車椅子でウロウロ、
あっちに行ったりこっちに行ったり
落ち着かずに所在無げであった。

そして昼ご飯前ギリギリになり
ご家族から病棟に電話があった。

『家族全員がインフルエンザにかかったので
外泊は無かったことにして欲しい』と。

それをナースから伝えられたYさんは

穏やかに笑っていた。

外泊を心待ちにしていたYさんのベッドは
布団もきちんと畳まれ
床頭台周りも綺麗に整頓されていたが、

また、そのままいつもの入院生活に戻った。
急いで手配した病院の昼食には
手を付けられなかったのか、
そのまま残っていた。

Yさん、残念やったね

私は夕方Yさんの部屋に行き
声をかけずにいられなかった。

するとYさんは

『もういいんや、解ってた』

と言う。

うん…え、⁈どういうこと⁇

22歳そこそこの純粋過ぎた私は
しばらくYさんの発言の真意を
理解できなかった。

それからYさんは一切、
微笑のかけらさえも
見せてくれることはなくなった。

発語も無くなった。

視線も合わなくなった。

車椅子で自立していた生活が、
全くの介護状態となり
目は虚ろになり

誰にもそれは止められることなく
不可逆的に悪化の一途をたどり

Yさんは
あっと言う間に
1.2ヶ月で亡くなった。

私も側に居ながら
信じられなかった。

何とかYさんの声が聞きたかった
が、それすら叶わなかった

まだ、60歳そこそこだったのに

あんなに元気にしていたのに?!

そんな事ってあり得るの⁇⁈

Yさんと仲が良かった患者さんが

『Yさん.可哀想にな。
Yさん労災保険やら傷害保険やらな、
色々毎月凄いお金もらってはるねん。
だけどな、全く自分の為に遣う事なく
死なはった』

と、何気なく私に言った。

どこまで何が真実かはわからないけれど
家族の関係性も本当のところは
わからなかったけれど

やりきれない悲しさと
何か、見てはいけなかったものを
見たような
後ろめたい気にもなった私は
何も返答できなかった

人は
生きる事をやめると決めたら
死ぬことができる

という事を
この経験から
なんとなく体感するようになる。

Yさんはあの時
もしかしたらあっと言う間に鬱状態に
陥ってしまったのかもしれない

いや、決めたのかな、
自分の人生の終わりを

Yさんの死に、
意味を感じずにはいられなかったから
今も鮮明に覚えている

 

07/252017

最期の時に責任が持てない理由

自己実現

【看護の本質は『関わり』である】

【ナースは病院を出よう】

【ナースが主体で、独立した存在で】

 

凛子先生の発信に心を打たれ、

すぐにNeoナースクイックマスター講座に申し込んだ。

 

先生のエネルギー溢れる講義の中で

新たな学びと、素晴らしい気付き

(長年求めていた疑問の答えがあったこと)

それだけでなく

今後のナースの

さらなる飛躍の予感と可能性を感じた。

12時間以上を先生と過ごしたが、

まだまだ足りないと感じる一日であった。

 

とても高尚な中身にて

一言でまとめることのできない

Neoナースの講座。

{CE9030D7-DFCA-417D-8A5A-D0F143ACF8D6}

関わりの基本である、コミュニケーションについて。

そんじょそこらのパフォーマンス重視のNLPではなく

他で味わうことのできない心理療法、コーチングも学べる。

病院で働くナースは雑務に追われながら

医師の補助や使命感に駆られ

見えなくなってしまっている事、

蓋をしている思いがあるのではないか。

 

私も病院を出て、だけれどナースとして

世の中を変えたい思いで

医療の違和感や、医療を受ける側の在り方について

思うところを発信している。

 

最期の時を決断した遺された家族の多くは

何故、罪の意識に似た

後悔や迷いを抱くのか。

何故決断に責任と覚悟と自信が持てないのか。

 

その答えは

自己実現にある。

 

しかしながら自己実現はなかなか簡単には

形成されるものではない。

 

自己実現は、人によれば、もしかしたら

叶わないものというか

アップデートされ続けるもの

であるかもしれない。

 

人間は

欲求が満たされ初めて幸せを感じる生物だ。

 

自己実現とは

様々な欲求が満たされ

他者承認から解放されるなどのプロセス

を経た上に成り立つ

高尚で究極のアイデンティティとも

言える人間の基本的欲求である。

 

 

最期の責任を負えない理由は、

各々

自己実現が形成されていないどころか

他者承認を求めているのだ。

 

残念ながら他者承認を求めているうちは

自分で自分の価値を見いだせていないため

自己実現は叶わない。

では後悔しない為に
一人一人が自己実現していく為には?
そこに私が考える
生き方死に方医療の適正化が
繋がるように思う。
このような
高尚なプロセスを経ないといけない
という事に
全国に発信するハードルの高さを
感じつつ、やり甲斐も感じている。

凛子先生の発信するブログはこちらから

 

07/252017

死に方を考えるハードルの高さ

死生観

それはさておき

皆さん死について、

どこまで理解していますか?

死による身体の変化

とか、そういうことでもいいです。

(前回記事のシリーズ3です。

前回記事はこちらから)

日本人の

多くの人が死を直視できないでいる。

それは何故かということを

私なりに考えてみました。

 

関連画像

 

 

命の尊さについては

学校で道徳かなんかで習うんです。

命の発生のメカニズムについては

生物とか、性教育とかで習う。

でも

死については細かく習わないですよね。

というより、色々な事を危惧して

タブー視しているんですね。

教育現場では。

死って不可逆的なんですけど、

蘇る

と思っている中学生もいるらしい。

学校での教育が

なされないままだから

死って

どこか対岸の火事のような、

他人事のような。

身近に

経験しない限り

自分に置き換えて考えるなんてことも

若いうちからはしないわけです。

だから死って何なのか

イメージつきにくいのは

当たり前なのかも知れませんね。

 

 

成長するにつれ徐々に

死は

不可避で不可逆性な現象で

寂しさ、悲しさ、喪失感も

ついてくるものだと理解はする。

でもタブー視されたまま

育ってきているから、

縁起でもないとか、

心のケアが必要とかで

直視できない。

 

 

ここで言う直視とは

死って何なんだろう

って普通に日頃から考える事なんですよ

そして、

生あるものは死があるという事実を

受け容れる。

ことなんです。

 

 

私が今まで見てきた多くの死には

皆んなが納得の死

というものは、

ほんとに、数える程しかなかった。

これは文化のせいか

教育のせいか

死に方のせいか。

そして死にはね、

遺族の後悔がつきまとう事が多い。

事実だけで言うと、

死んだらそこで生が終わりなんです、本人は。

(宗教観や考え方とかそういうのは抜きにしてね)

 

でも、

遺される側っていうのはまだ生きている。

遺されたものはね

罪の意識に似たような

後悔に苛まれることが多い。

 

これ、なんででしょうね?

あれでよかったのか、

もっとこうすべきだったのか

自分の選んだ方針はどうだったのか。

生きてるうちに、こうしとけばよかった。

とか。

死んだ人に直接私らが選択したことは

『どうやった?正しかった?』

って聞いてみて、評価してもらえたら

気が済むか、救われるか、

納得せざるを得ないのでしょうけれど

正解なんてわからないですよね。

選択が

正しかったかどうかなんて、

逝った者、死が間近に差し迫っている者は

こたえてくれないから。

 

だから正解は

やっぱり本人の人生なのだから

本人の意思を尊重することだ

思うのです。

 

もしものときに

その決断が下せるかどうか。

 

そして、その決断の後、

自分で自分を救える(納得させられる)か。

 

 

いつ死んでもいいように色々準備してます

って言ったってね、

自分も家族も

現実を目の当たりにしてしまうと、

揺れる。

 

それが人情というものですからね。

誰もが通る道なんです。

結局は

遺される人間にどうあってほしいか

というところも

含まれてくるわけなんですね、

自分の最期のありかたというのは。

 

特に年齢を重ねてくると

そういうことを本人は考え始める。

意思を伝えていても

でも、家族は

具体的にどうすればいいかという

段取りまではわからないんですよ。

 

私は、遺されたものに

後悔に似た罪は背負って欲しくないから

私の意思を尊重して欲しい。

それを家族だけでなく

協力してくれる医療機関にも伝えて

家族と医療機関で力を合わせて

私の最期の時を支援して欲しいと

いう事を考えている。

 

その方がきっと、家族は

救われやすい。ひとりで抱えずに

済むから…

それを体系化したい。

家庭でちゃんと教育していますか?

家族に教育できるだけ

自分には

死生観って備わっていますか?

 

いかに今

実のある生にするか。

はもちろんなんです。

だからそこは触れません。

シリーズ1.で書いたお金のこととか

そういう事も触れません。

 

私は体系化の為に

臓器提供の有無だけでなく、
延命治療を望む、望まないや、

どんな最期でありたいかを

ハードルなんか全然下げて、誰もが皆ポジティブに

記せる場があってもいい、

いや、
なくてはならない

と考えています。

 

 

次は突然死とグリーフケアについて

書きたいと思っています。

いつも、最後まで読んでくださり

ありがとうございます。

素敵な1日でありますように

 

おすすめカテゴリー

セミナー

キーワード検索

カテゴリー